曲名:BIDW
配信/発売日:2026-09-23
作詞:Stain hung over
作曲:Stain hung over
編曲:Stain hung over
歌詞の意味
見えなくなるまで手を振る相手の姿から、別れた後の言葉が始まる。語り手が先に視界を離れ、相手は最後まで手を振り続けていた。その動作の意味を、その場ではなく今になって受け取るため、優しさへの理解には時間の隔たりがある。長く見送ってくれたことが、後から思い直す関係の入口になっているのである。どこで別れたのか、二人がどのような間柄だったのかは、ここでは示されない。
君に多くのことを耐えさせた、と認める一行は、その優しさを単なる懐かしい美点に留めない。受け取った側にも責任があったと振り返っている。ただし、何を耐えさせたのかは説明されず、特定の過失を想像して補うことはできない。自分なしで相手は人生を楽しんでいるのだろう、という続きも、近況を確認した報告ではなく語り手の推測だ。相手の幸福を考える気持ちには、自分がいないほうがよいのかもしれないという距離の取り方も含まれる。
その距離とは逆に、君は今朝の夢へ戻ってくる。「また」という一語によって、記憶の訪れが一度きりではないことが分かる。相手の生活には自分がいないと思いながら、自分の朝には相手がいる。この非対称な並びが、忘れたことにも、元の関係に戻れたことにもできない現在を表している。相手を思う行為は続いているが、それが直接の接触にはまだつながっていない。
終わりで視線は、見送られた過去や今朝から、命が尽きる前という遠い時点へ移る。今のまま会わずにいる選択を、いつか後悔するのではないかと自分に問うのである。「かもしれない」は、再会する決意が固まった言葉ではない。それでも、相手の優しさに気づくことと、その気づきを会う行為へ変えることの間にある迷いを、最後まで残す。手を振る相手を見ていた過去と、会わなかった未来を想像する現在が、一つの問いで結ばれている。
私が見えなくなるまで、君は手を振っていた
今になって、君がどれほど優しかったか気づいた
君にあまりにも多くのことを耐えさせてきた
私抜きで君は人生を楽しんでいるのだろう
今朝もまた君の夢を見た
死ぬ前に、私は考える
君に会わなかったことを後悔するかもしれない
Watashi ga mienaku naru made, kimi wa te o futte ita
Ima ni natte, kimi ga dore hodo yasashikatta ka kizuita
Kimi ni amari ni mo ooku no koto o taesasete kita
Watashi nuki de kimi wa jinsei o tanoshinde iru no darou
Kesa mo mata kimi no yume o mita
Shinu mae ni, watashi wa kangaeru
Kimi ni awanakatta koto o koukai suru kamoshirenai
You waved until I was out of sight.
I only just realized how kind you were.
I have made you endure so much.
You must be enjoying life without me.
I dreamed about you again this morning.
Before I die, I wonder:
Maybe I will regret not meeting you.
直到我消失在視線裡,你都還揮著手
我現在才明白,你曾經多麼溫柔
我讓你忍受了太多事情
沒有我的你,想必正享受著人生
今天早上,我又夢見了你
在死去之前,我不禁想
或許我會後悔,沒有再與你見面